専門医の医師の求人/募集/転職スペシャルインタビュー >佐々木 淳 氏 / 医療法人社団 悠翔会 理事長

スペシャルインタビュー
佐々木 淳

在宅医療のあるべき姿を追求して24時間365日

佐々木 淳 氏
医療法人社団 悠翔会 理事長

日本の在宅医療を変えたい

2006年に設立した悠翔会は、東京・汐留の本部を中心に、6つの在宅クリニック拠点で東京23区と埼玉県南部の在宅患者1500人への訪問診療を行っている。目指しているのは「在宅総合診療」。通院が困難な患者に、必要な診療を必要な時に在宅で、しかもワンストップで提供できる体制を構築したいという思いから6年前に設立。
現在は内科の常勤医10名を中心に、耳鼻咽喉科と産婦人科を除きほぼ全診療科の専門医と連携し、在宅総合診療を24時間×365日提供できるをサービス実践している。地域のニーズや患者一人ひとりにきめ細かく対応し、質の高いサービスを提供するために、内科主治医を中心として緩和ケア専門医、精神科専門医、看護師、ソーシャルワーカーを含むチーム体制で機能を拡充している。

最初の5か年計画を振り返ってみて

「6年前に在宅医療を始めた時は、どこもサービスの品質自体が一般的に低くて、小規模で自分の専門外は診られない状況でした。また24時間対応とうたっていても実際に夜中に医者は来ない、などあるべき姿からは程遠い状況でした。そこで内科だけではなく、整形外科も皮膚科も精神科も全部在宅で診られる『在宅総合診療』体制を作りたいと立ち上げたのが2006年5月です。また、『24時間365日』名前だけではなく確実に対応するという思いを2つ目の柱として、最初の5か年計画をやってきました」
「5年経過して、同じような考えや取り組みをしている医者もいて、サービスの幅自体は広がってきました。患者さんも在宅医療を使い慣れてきた感があって、自分に適したプランを積極的に選んでいこうという次のフェーズが始まったと感じています。これからの5年間はより地域に密着して、より患者さんと密にコミュニケーションをとりながら、今よりも更にフットワークの軽い在宅医療を作っていきたいです」

患者のニーズを把握する仕組み作り

「在宅医療というのは患者さんのお宅で密室で行われるものなので、品質のチェックが非常に難しいです。1つ目の仕組みとして、当院は看護師を同行させて医者の診療に立ち会っています。理由は、患者さんが在宅で安心して過ごせる環境を作るのが在宅医療の最大のミッションですので、入院患者さんには主治医と病棟の看護師がいるように、やはり在宅でもその力は重要です。例えば療養環境について、食事がちゃんと摂れているか冷蔵庫をチェックしたり、ベッドの患者さんは下着はちゃんと換えているか…なども見ていかないといけません。もう一つの理由は、医者の診療を医療者の目でチェックするためです。患者さんへの説明が少なくないか、処方箋をチェックしているか、看護師が誘導しないと処置をしてくれないか…などをフィードバックしていくことにしています。2つ目は定期的に患者さんのお宅にアンケートを実施しています。医者ごとに診療内容や身だしなみ、受け答えや診察時間は十分かといった項目について、スコアを出してその結果をフィードバックしています。そうしないと医者は患者さんが何を希望しているのかがわからないので。また、我々は患者さんのお宅に行くので、それぞれのお宅のルールに従わないといけません。このお宅は訪問の15分前に電話が必要だとか、この方は娘さんが同席しないといけないとか、この娘さんにはこの言葉がNGワードだとか、このお宅はカギがここに隠してあるから…などカルテに書かれない色々な情報を大切にしていかないとコミュニケーションが円滑にいきません。またグループ診療なので、日中、夜間、日曜日でそれぞれの担当医が診ます。複数の医者が同じ情報をベースに同じサービスを提供するために、カルテ外の情報をいかに共有できるかがとても重要になるので、診療支援システムというのを作って、電子カルテに書けない情報や色々な裏話などをデータベース化して管理共有しています」

患者から学ぶ

「在宅医療というのは基本的には先端医療というよりは、総合診療であって、patiant-oriented(患者学)だと思います。患者さんのことを学ぶためには医学の知識だけではなく、幅広いそれなりの厚みがないと難しいです。我々の患者さんたちは特に80年・90年生きてきた方々なので、対等にお話をするためにもその辺りをいかに身に着けていくかということも含めて、日々の仕事が一番の勉強になります。ただ門前と聴診して降圧薬をだすのではなく、患者さんの本来のニーズがどこにあるのかを常に意識していなければなりません」
「また、在宅はやはりその患者さんの気持ちをどれ位理解できるか、その思いをどれだけ自分たちの行動に移せるかというところが重要です。病院で患者さんが来るのを待っているのではなくて、我々が患者さん宅に行かないとそもそも医療が発生しません。いかにフットワーク軽く往診に行けるか、患者さんの行動や言葉の裏には何があるのかを探るなど、純粋の医学とは少し違って人間科学的な要素が大きいです」
「あと我々の大きなミッションの一つに『在宅での終末期の看取り』があります。最近はお家で家族が死ぬという体験をしている人が少ないので、家族の死を受け入れる準備をいかにさせていくか、例えば30代で末期ガンで亡くなられた遺族の方々にどうやってその状況を受け入れてもらうかなど、そのための体制をどうやって作って行くのかが重要
です。痛みを除去する以前に心のケアをどうしていくかという部分も我々が担わなければ
なりません。関わり方によっては非常に深くてやりがいのある仕事です」
「家庭医学や科学としてだけではなく、死生学や人間科学・心理学といった人文的な面から
追求して行く側面もあって非常に幅が広くておもしろいと思います。在宅医療でも診療技術
やコミュニケーション技術などの分野ごとには専門家はいますが、一人の患者さんが家で過
ごしながら、最後は徐々に弱っていって亡くなるまでのプロセスを如何に診ていくかという
総合的な意味で、他の医療とはちょっと違うと思います」

究極の町医者

「98年に筑波大学を卒業し、三井記念病院に入局して総合的な内科と消化器内科の専門的な診療を5年半やりました。その後東大の大学院では4年間在籍し研究職が中心でした。その間も民間の病院で仕事をしたり、実は医者になって2年目に会社を設立したりもしましたが、そうした中で2006年に在宅医療に出会い、その後半年ほどで開業しました。早い時期から医者として何をすべきかをずっと考えていました。最初はとても未知の仕事で5年位はドキドキワクワクしながら毎日仕事をしていましたが、内科や消化器内科医も、内視鏡なども一通りできるようになって次どうするかを考えた時に、今後病院という大きな診療計画の中の歯車として働くのか、開業してプライマリケア医として働くかと考えました。しかし開業しても、どんなに丁寧に診療しても大病院の外来のブランド院には勝てないし、開業医としてやれることもそんなに大きなインパクトは無いと思っていた中で在宅医療を知りました」
「もともと保健福祉行政やヘルスケア事業に興味があったので、実は以前にマッキンゼーアンドカンパニーという外資系のコンサルティング会社に採用されて、経営コンサルタントになる予定でしたが、同時期に始めた在宅医療の仕事のほうに興味を示してたので、そちらはお断りして開業しました」
「開業にあたっては、患者さん本位の小回りの利いた診療は病院のような大きな組織では難しいだろうと考え、また高齢化社会や日本の人口構造の変化も考慮すると、外来と入院の中間にある在宅という領域が黎明期で、ビジネスの可能性もマーケットも大きいので、ここなら病院とも互角に仕事ができるという目論見もありました。自分はどちらかというと特定の専門家ではなく全体を診られる『究極の町医者』を目指したいと思っていましたので」

これからの医療の在り方

佐々木 淳
弊社代表・徳武と佐々木先生

「日本の医療業界は年々激しく変動していて、高齢者も患者さんも増えていますが一方で医療体制は厳しくなると思います。今は在宅医療も厚遇されていますが、今後は在宅の医者が増えればコストを下げられるのは明らかですし、今のうちから効率のいい運営体制を作っていく必要があると思っています。また、2025年をピークに高齢者の死亡者数も減っていきますので、医療機関としての生き残り策も考えていく必要があります。ただ当面はむしろ伸びていく領域なので、例えば認知症の患者さんもより早い段階から在宅に替わるとか、若年者や重症・重身の子供たちに対する在宅医療などはまだまだ未整備の部分もあるので、低コストの体質で総合的に対応できる体制をいち早く構築して、次世代の在宅医療の受け皿となるような業態を作りたいと思います」
「また、病院での専門医療はこれから更に高度化して、一方で家庭医にはより幅広い知識と対応能力が求められます。TPPの問題や医療の国際化などもあり、日本もいつまでも、医者は何もしなくても高給とりという時代では無くなってきます。医者の価値を決めるのはその人の知識・経験だけではないと思います。医者の仕事は、患者さんの診察・診断・治療という一連のプロセスですが、やはりその過程で人間としての基本的な厚みやコミュニケーション能力、また思いやりや優しさといったものが無いと、そもそも本来は成り立たない仕事だと思っています。単に専門医としての技術を磨くというだけではなくて、患者さんが何を求めているかを嗅ぎ取る能力をしっかり身につけていかないと厳しくなる時代がくるのではないでしょうか」

(取材・文:河本瑛爾)
(2012年6月)


佐々木 淳 氏 (医療法人社団 悠翔会 理事長)

プロフィール

1998年筑波大学医学専門学群 卒業
三井記念病院内科 入局
1999年メディカルインフォマティクス株式会社 取締役Founder
2000年三井記念病院消化器内科入局
2003年東京大学医学系研究科博士課程 入学
三井記念病院 退職
井口病院 副院長
2005年井口病院 退職
金町中央透析センター長
2006年金町中央透析センター長 退職
MRCビルクリニック開設/理事長就任
2007年メディカルインフォマティクス株式会社 退職
2008年東京大学医学系研究科博士課程卒業
MRCビルクリニックを医療法人社団 悠翔会と改名

医学博士
日本内科学会認定医/日本医師会認定産業医
CAMRO代替医療研究機構・代表理事
国際システム健康科学学会・理事
日本東洋医学会・エビデンスレポートTF特別委員
日本統合医療学会・倫理審査委員会オブザーバー

所属学会
日本がん学会、日本消化器病学会、日本消化器内視鏡学会、日本肝臓病学会、日本動脈硬化学会、日本肥満学会、日本抗加齢医学会、国際抗老化医学会、他

インタビュー

新着スペシャルインタビュー

患者さんの人生にプラスになるクリニックを目指す
石塚 文平氏 各分野で活躍されている医師を訪ねるスペシャルインタビュー。第39回は、生殖医療専門医、産婦人科専門医のローズレディースクリニック理事長・院長の石塚文平先生です。(以下、本文より)「アメリカで学んだホルモンの研究が今のわたしをつくったといえます。帰国後、大学にて不妊外来に従事し、特にホルモン系の治療を担っていました。そこで早くに卵巣機能が低下する人たちと対峙し、POIの研究に取り組み、最終的にIVAへとたどり着きました。」(本文につづく)

石塚 文平 氏/ローズレディースクリニック院長

上下関係なく、医師全員でディスカッションできるチーム医療を目指して
佐野 倫生氏 創立150周年以上、多くの街の人々から信頼される静岡市の中核病院『静岡市立静岡病院』。 その静岡市立静岡病院に長年勤務し、現在、整形外科の診療部長も務めている佐野倫生先生に、これまでの経歴や医療への向き合い方など、若手医師の参考になるお話を伺った。(本文につづく)

佐野 倫生 氏/浜松医科大学 整形外科 臨床教授

最期はご自宅で過ごすのが普通である街をつくりたい
壁谷 悠介氏 各分野で活躍されている医師を訪ねるスペシャルインタビュー。第37回は糖尿病専門医・指導医、総合内科専門医として、そうわクリニックを運営する壁谷悠介氏です。(以下、本文より)「在宅医療をやってみたいという気持ちがある先生、人が好きな先生、人と人との繋がりを大事にしてくれる先生は大歓迎です。医療の知識や技術は、働いてからでも学べますが、やはりマインドは変えられませんからね。「あの先生が来てくれるなら、楽しみだ」となるとお互いに楽しいですからね。(本文につづく)

壁谷 悠介 氏/そうわクリニック院長

20年間で100の分院開業を目指して
佐藤 理仁氏 各分野で活躍されている医師を訪ねるスペシャルインタビュー。第36回はリウマチ専門医として、さとう埼玉リウマチクリニックを運営する院長・佐藤理仁氏です。(以下、本文より)もっと外来でリウマチ患者さんに貢献するためには、クリニックがベストと思いはじめました。患者さんは、リウマチ専門のドクターが地域にいなくて困っている。一方ドクターはもっとリウマチ診療がしたいと思っている。お互い探しているのにマッチしていないんですよ。僕はサポートにまわり、良い先生を沢山お招きして活躍できる環境を作る仕事をしたほうが、より多くのリウマチ患者さんのためになると思ったんです(本文につづく)

佐藤 理仁 氏/さとう埼玉リウマチクリニック院長

娘に憧れてもらえるような医師人生を送りたい
小林 奈々氏 各分野で活躍されている医師を訪ねるスペシャルインタビュー。第35回は外科専門医として、自由が丘メディカルプラザ 副院長の小林奈々氏です。(以下、本文より)何人かの患者さんに「先生がいてくれて良かった」と言われたことがあるんです。当時、外科は女性が少ないので紅一点でした。苦しいし、大変だし、叱られるし、私は、何でここにいるんだろうなと思う時もあるんです。でも、そういった患者さんの一言で自分の存在意義を感じます。(本文につづく)

小林 奈々 氏/医療法人めぐみ会 自由が丘メディカルプラザ副院長

多くの方の患者さん家庭医を目指して
小川 奈津希氏 各分野で活躍されている医師を訪ねるスペシャルインタビュー。第33回は産婦人科専門医として、ジェネラルクリニックを運営される院長・小川奈津希氏です。医師として女性の悩みに取り組み、エイジングケア、美容メニューなどにも力を入れる氏に自身の働き方や、メッセージを伺った。(本文へ)

小川 奈津希 氏/ジェネラルクリニック院長

興味があるなら年齢は関係ない、いつだって挑戦すべき
久保田 明子氏 各分野で活躍されている医師を訪ねるスペシャルインタビュー。第32回は眼科専門医として、アイクリニック自由が丘・院長である久保田明子氏です。(以下本文より)私の場合、子どもがいるから頑張れるし、また仕事を頑張っているからこそ帰宅して子どもの顔を見るのがよりうれしく感じるんだと思います。学校のない日は院内で過ごさせることもあり、私が働く父の姿を見ていたように、私の姿を見て何か感じてくれていると信じています。(本文へ)

久保田 明子 氏/アイクリニック自由が丘

遠隔画像診断サービスの地位向上を目指して
煎本 正博氏 各分野で活躍されている医師を訪ねるスペシャルインタビュー。第31回は放射線診断専門医として、遠隔画像診断サービスを専門に行うイリモトメディカルを経営する煎本正博氏です。(以下、本文より)くだんのお役人からもお褒めをいただいたのですが、それよりも、読影をお引き受けした開業医の先生から“先生がいてくれるので、自信を持って診療できるようになった”という言葉をいただいたことは本当に嬉しく、自信にもなりました。(本文へ)

煎本 正博 氏/株式会社イリモトメディカル

“志”を持った仲間を求む!実直な医師が挑む、消化器病センターの再構築
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吉田 正史 氏/東埼玉総合病院 消化器内科科長・内視鏡室室長

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武田淳史氏 各分野で活躍されている医師を訪ねるスペシャルインタビュー。第28回は公益財団法人 東京都保健医療公社 豊島病院 眼科医長の武田淳史氏です。(以下、本文より)やはり医者といっても人間ですし、結婚し家庭を持つなど生活環境の変化に伴い、なかなか自分の思い通りのタイミングで自身の望む経験を積むことは難しくなってきます。例えば地方でも、海外でもいいですが、少しでもチャンスがあるなら、若いうちに外へ出て行くべきだと思います。チャンスは逃さない方がいいですね。(本文につづく)

武田 淳史 氏/公益財団法人 東京都保健医療公社 豊島病院 眼科医長

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